学校概要

教育理念

社会のニーズにマッチした
高いレベルの専門教育と人間性の育成

本校は、専門的な知識・技術・規範を習得し、高度な技術者の育成を目指す高等職業教育の専門機関であり、その教育にふさわしい教育体制や設備・施設を備えている全国でも優良な教育機関です。
この教育理念のもとで高度な専門技能と豊かな人間性を育み、企業や地域社会から期待される人材を輩出していきます。

教育方針

  • 技術の急激な進化に対応するために、そのプロセスとして基礎・基本をしっかりと学びます。
  • 基礎・基本を実習によって体得し、技術者としての知識や技術、そして感覚を磨きます。
  • 失敗、成功から学び、経験の中から新しい事実や知見を見つけ出していきます。
  • 自分自身の強みを見つけて、伸ばしていきます。
  • 志や挑戦を尊重し、既成の枠にはめることなく自己の可能性を追求していきます。
  • 人との直接の語らいや触れ合いを大切にし、真摯な姿勢や優しさを身につけます。
  • あふれる情報・知識の中から必要なものを見つけ出し、新しい価値を創造する力を養います。
  • よき仲間と出会い、技術者として互いに切磋琢磨できる環境を提供します。

モータースポーツへの挑戦、工科祭等の学校行事の充実、カスタムカーの製作、
メカニックコンテストの実施など、教育方針に基づく様々な活動を行っています。

エンジニアに求められる
技術と精神を育てる

かつて自動車整備士にはメカニックという愛称がありました。時代とともにその呼び名も変化してきます。電子制御が進み、ハイブリッドカーのような次世代の自動車が普及したことで、エンジニアと呼ばれるようになります。故障したクルマの修理や点検を行うだけでなく、自動車整備士にも高度な診断やより快適で安全に走るための創意工夫が求められる時代になったと言えます。

新たな時代に生まれたのが「エンジニア」という言葉です。エンジニアに求められるのは単なる技術だけでなく、お客様が求めるものを理解したうえで整備を行う人間力であると私たちは考えています。

よりよいサービスを提供するためには揺るぎない基礎が必要です。その基礎の中には知識や技術だけではなく、エンジニアとして技術を磨き続けようという精神も含まれていなければなりません。
昨日覚えた技術があるとするならば、今日はより早くより確実に作業を行う。隣で作業をする者がいるならば、互いに切磋琢磨して競い合う。自分と異なる考えを持った人がいるのなら、意見を交わし答えを見つけ出していく。このような日々を積み重ねることによって、エンジニアに必要な技術と精神は磨かれていくのです。

卒業後もエンジニアとして、一人の社会人として、さらに成長を遂げていくことを願って、一人ひとりの生き方と関わっていきます。

校長メッセージ

夢を実現しよう

静岡工科自動車大学校は、「社会のニーズにマッチした高いレベルの専門教育と人間性の育成」を教育理念とし、1956年に整備士養成を始めてから現在に至るまで、多くの自動車エンジニアを輩出してまいりました。

開校時より、日々進歩している新しいテクノロジーに対応するエンジニアを育成するため、最先端の教材、機器を揃え教育活動を行っております。

教職員においては、日々の専門教育はもちろん、就職活動やクラブ活動においても全力でバックアップしており、将来社会で活躍できる人間性を養うよう熱意を持って教育活動に取り組んでおります。

また、文部科学省の職業実践専門課程に認定されている学科では、企業の皆様からのご協力により、実際の整備に携わっているエンジニアによる連携授業を行っており、現場で必要とされる知識や技術を直接肌で感じながら学ぶこともできます。

これからも本校の教育理念である「社会のニーズにマッチした高いレベルの専門教育と人間性の育成」を軸とし、常に進化し、全力で教育活動を行う静岡工科自動車大学校で、みなさんの夢や目標を実現してください。

校長 岡部 剛

沿革

自動車の普及・発展の歴史と共に歩み続け、
静岡県内初となる自動車大学校へ。

1940
優良運転者養成機関として全寮制の静岡県自動車学校を開設
1952
静岡県自動車学校が学校法人静岡県自動車学校として認可される

日本で自動車製造事業法が制定されたのが1936年(昭和11年)。静岡工科自動車大学校のルーツとも言える静岡県自動車学校が開設された1940年(昭和15年)当時は、豊田自動織機製作所と日産自動車の2社しか許可会社がない時代でした。
1956
静岡県自動車学校に整備科を開校
1962
法人名を学校法人静岡県自動車学園に改称

「もはや戦後ではない」と言われた高度成長期。テレビ、洗濯機、冷蔵庫が「三種の神器」と呼ばれた頃に、静岡県自動車学校に整備科が開校されました。日本では国産の乗用車が開発され、普及が進み始めます。1958年(昭和33年)にはスバル360が発売され、国内での乗用車普及が加速しました。
1970
静岡県自動車学校より技術部門を分離し、静岡産業技術専門学校を開設
1974
自動車整備技術の高度化に対応して二級整備士の養成を開始

自動車の急速な普及に対応するように校名の変更や二級整備士の養成を行った1970年代。この時代は自動車業界が大きな変革を迫られた時期でもありました。ガソリン価格が急騰した1973年(昭和48年)のオイルショックは低燃費化へのきっかけをつくり、交通渋滞や排気ガスといった社会問題も浮き彫りになりました。ランボルギーニ・カウンタックなどのスーパーカーブームが訪れたのもこの頃です。
1990
静岡県自動車学園が静岡理工科大学を開学するにあたり、自動車科ほか三科を分離・独立
1991
静岡工科専門学校を開校
1995
4階建ての新実習棟が完成

静岡工科専門学校に名称を改めたのは1991年。バブルの崩壊を経験し、日本の自動車業界も激動の時代に入ります。軽自動車やミニバンなど、実用性の高いクルマが普及し始めたのもこの頃。Windows95の発売、携帯電話やインターネットの普及など、1990年代におけるIT分野の発展は目覚ましいものがありました。
2000
自動車車体整備士養成課程ボディデザイン研究科を設置
2003
一級自動車整備士養成課程自動車システム研究科を設置
2004
中国嘉興職業技術学院と姉妹校提携
2005
専門学校静岡工科自動車大学校に校名変更
自動車科と自動車電子科を統合再編し自動車整備科を設置
2006
二輪自動車整備士養成課程モーターサイクル研究科を設置
自動車システム研究科を4年制課程自動車システム工学科に変更

2000年代、多様化、高度化が進む時代の中で、静岡工科専門学校は相次いで研究科を設置します。ハイブリッド車も普及しはじめ、自動車整備もサービスとコンピュータ制御の時代へと向かいます。2005年にはさらに校名を改め、日本の自動車整備教育をリードする自動車大学校として4年制のカリキュラムを充実させ、新たな時代に適応したエンジニアを育てることを使命としました。
2010
全国の自動車大学校、整備専門学校で初めてエコアクション21の認証・登録
2011
高度整備技術者を養成するハイメカニック研究科を設置
2015
日本語教育機関で学んだ留学生を対象とし、国際オートメカニック科を設置

自動車整備は、さらなる高度化と国際化が進みます。燃料電池自動車を積極的に導入するなど、新しい技術と積極的に関わりながらサービスエンジニアを育成し、外国人留学生を対象とした新たな学科の設置も実現しました。